独特な規定

この項では、タイの雇用制度を理解するために、解雇の際に支払わなければならない「解雇補償金」と、2011年以来議論の的となっている「最低賃金」に関し、簡潔に説明したい。

 

まず、解雇補償金に関してだが、労働者保護法では、会社都合による労働者の解雇には事前通告が必要とされており、また通告後2回の給料日を経なければ解雇してはいけないと規定している。

事前通告を行った場合でも、120日以上連続して勤務した労働者を会社都合により解雇する場合、勤続年数に応じ、以下のような所定の解雇補償金の支払いが義務付けられている。

 

勤続年数と解雇補償金

勤続年数 解雇補償金
120日未満(試用期間中) 解雇補償金は必要ない
120日以上1年未満 最終賃金の30日分
1年以上3年未満 最終賃金の90日分
3年以上6年未満 最終賃金の180日分
6年以上10年未満 最終賃金の240日分
10年以上 最終賃金の300日分

(出所)投資委員会(BOI)

 

定年退職による解雇時も、解雇補償金を支払う必要がある。

タイの法律上、定年退職とは、会社の一方的な都合で定年年齢を設定したと解釈され、定年退職は解雇と同様と取り扱われる。

また、会社の就業規則に、重大な規則違反をした際に解雇補償金を支払わずに解雇できる旨の記載がない場合、支払い義務が生じるので注意が必要だ。

さらに、会社側の理由で事業所を移転する場合、新事業所で働くことを望まず退職する労働者に対しても、会社側に解雇補償金の支払い義務が発生する。ただし、その場合、会社は法令で定められた解雇補償金の50%を支払えばいい。

マネージャークラスの労働者を会社都合で解雇する場合、工場のライン労働者の場合と異なり、プライドが高くメンツを潰されたと感じるのか、会社側が解雇補償金を提示しても、不当解雇として損害賠償や職場復帰を求めて、労働裁判所に提訴する場合がある。そのような場合を想定して、会社は労働者に対して、会社が置かれている経済状況、業績・財務状態の悪化、リストラの必要性、雇用維持への努力等を十分に説明し、労働裁判所の場で裁判官に解雇の正当性を説明できるようにしておく必要がある。

 

解雇補償金の不要なケースとして、労働者保護法では以下のように規定している。また事前通告も必要されない

・職務に対する不正、使用者に対する意図的な過失行為

・使用者に故意に損害を与えた

・過失により雇用者に重大な損害を与えた場合

・就業規則、法律、公正に基づく使用者の合法的命令に違反した、または、文書で忠告した事柄を守らなかった(使用者が忠告する必要がない程度である場合を除く

・正当な理由なく3労働日(間に休日の有無を問わず)連続して職務を放棄した

・最終判決により禁固刑を受けた(ただし、過失・軽犯罪を除く)

 

ただし、上記の労働者保護法第119条の規定該当すると考えられる場合であっても、その程度が問題となる例えば、就業規則違反であるか否か労働裁判でよく争われる。事例によっては雇用者が上記の労働者保護法の規定に相当するような重大なケース考えてもその程度次第では相当しないと判断されることもある。

 

最低賃金に関しては、労働者保護法により、政・労・使から選ばれた各5人の委員からなる賃金委員会の審議によって地域別最低賃金が定められている。最低賃金は、労働者の生活に必要な水準、雇用者の支払う能力、経済面、社会面などを考慮して決定される。

2012年4月1日からは、産業界からの反対を押し切り、バンコク都および周辺県5県(サムトプラカン県、サムトサコン県、ナコンパトム県、パトゥムタニ県、ノンタブリ県)と観光地のプーケット県の7都・県で、最低賃金が1日300バーツとなった。

同時に、大学卒業者で官庁に勤務する者の月給も、15,000バーツへと引きがった。

賃金委員会は2012年9月5日、地域によってバラつきがあった最低賃金を、全国一律300バーツにすると決定した。2013年1月1日から適用された。

この最低賃金の引き上げ率は、約10%から35%となるため、地方の物価が上昇すると予想される。

業種、地域などを考慮して最低賃金が決定される日本と違い、大企業、中小企業の規模に関係なく、また地域の物価差を無視して最低賃金が一律に決まることで、中小企業への影響が大きい。

タイ政府としては、これを契機に、従来の低賃金を基盤にした労働集約型産業から高付加価値サービスを主体にした産業構造に切り替えたいと考えており、タイ労働省も、熟練労働者に対して能力向上のインセンテブを与えるため、必要な措置だとしている

今回の最低賃金引き上げに伴って従業員全体の給与水準を引き上げる必要がでてきたり、労働コスト上昇を販売価格に転嫁できないこと収益を圧迫することが懸念されている。業種としては、食品や電機・電子機械など労働集約型産業や販売単価が低い事業への影響が大きいとみられている