労働政策

タイは、日本以上に労働者に手厚い保護の政策をとっている。

そのきっかけは、1932年の「立憲革命」まで遡るようだ。絶対王政が立憲君主制に変わると、鉄道工場に勤務する労働者などが、高級官僚(勅任官吏)や高級職員のみに与えられていた恩典を、自分たちにも与えるようにと要求し始めた。第2次世界大戦後は、この動きに拍車がかかり、民間企業を含んだストライキへと発展する。

そして、1950年5 月のマッガサン鉄道工場のストライキが契機となり、政府は「1951年公務員、政府機関の従業員・労働者に関する退職金、労働災害補償金」を制定する。高級官僚だけでなく、一般職員や国営企業の従業員・労働者に対しても、医療手当、労働災害補償、退職金を支給するという内容だ。ただ、民間企業へは適用されなかった。

 

民間企業を含めた労働者保護の始まりは、労働基本三権を認めた「1955年労働法」である。翌1956年1月に施行されたが、1957年と1958年の軍事クーデタによって廃棄となった。

しかし、1958年革命評議会布告第19号や、1972年以降は革命評議会布告第103号、労働者保護に関する内務省省令等が、労働者保護の柱となっていた。1998年には、労働者保護法が制定され、現在にいたっている。

 

ちなみに労働争議は、賃上げ要求や不当解雇などを理由としたものが多く、しかも、非合法の労働争議が多数を占めている。日系企業では、2009年トステム・タイ工場、同年暮れから2010年1月にかけてはマツダ合弁工場で、賃上げ要求の労働争議が起こった。

 

タイ人の就労を優先としているため、外国人がタイ国内で就労するためには、就労査証をと労働許可(ワークパーミット)が必要となる。ただし、エビ養殖などの漁業や、ゴム園などの農業の一部では、タイ人の労働力確保が困難となっているため、ミャンマー、ラオス、カンボジアの周辺3ヵ国からの労働者に関して、国籍確認のみで労働許可が発給されている。

 

現在、タイ労働省が重要な労働政策として掲げているのは15項目あり、そのうち「1日あたりの最低賃金を全国で300バーツへ引き上げる」「2015年の東南アジア諸国連合(ASEAN)経済共同体に向けての人材育成」を最も重視している。

まずは、2013年1月1日実施予定の最低賃金に関し労働省は、「最低賃金の引き上げは雇用者にとって固定費増大の懸念があるが、この政策により労働者の生産性向上が期待されるため、最終的には雇用者にとっての有益である」としている。しかし、最低賃金の大幅な引き上げに対して、企業サイドからの不満・苦情は絶えない。

ASEAN経済共同体に向けた人材育成は、各県に人材育成支援センターを設置し、労働者や新規労働者に対して、「英語能力」「コミュニケーション能力」「IT技能」「職業の専門技術」「工業技術についての能力・技術向上訓練」を実施する予定だ。同時に、労働者の行動や態度に関する訓練も行う。

また、薬物乱用防止を挙げ、雇用者が職場や会社組織内での薬物乱用を防ぐことに務め、薬物乱用を持続的に防ぐためのシステムを構築し、労働者にこれを良く理解させることとしている。

そのほかに掲げている政策としては、「労働力不足と失業問題の解決」「移民労働者のマネジメント」「ASEAN加盟国と同程度の労働基準への強化」「労働者データベースの開発」「人身売買問題の解決」「受刑者の職業訓練」「産業医学を専門としている医師、労働衛生を専門としている看護師への奨学金制度」「ボランティアの労働者の役割を強化」である。

 

一方、社会保障制度は、「社会保険」「社会福祉」「公衆衛生」の大きく分けて3分野で構成されている。タイでは、社会保障制度全体を横断的にみる機関がなく、それぞれ異なる省が所管している。

労働省が管轄する「社会保険」では、老齢年金、医療保険および失業保険等について担当している。15歳以上60歳未満の非雇用者の加入が義務化されており、農林漁業従事者や自営業者は任意加入となっている。2011年の社会保険加入者は国民全人口の約14%である。

医療保険に関しては、2001年1月の総選挙で圧勝したタクシン政権が導入した「30バーツ健康保険」が、国民皆健康保険制度導入までの暫定措置として有名である。公立の保健所・病院で、初診料30バーツ支払えば、年間1,100バーツを上限として、大半の治療が受けられるというもので、既存の医療保険制度に加入していない貧困世帯や自営業者などを対象としていた。

翌年の2002年7月には「国民健康保険(案)」を閣議承認し、国会の承認をへて同年10月には同法が制定されている。

社会開発・人間安全保障省が管轄する「社会福祉」では、高齢者、障害者、児童、貧困者などに福祉サービスを提供しているが、財源の不足や給付水準の曖昧さ等の理由から、支援を必要とする人々にサービスが行き渡っていないという指摘もある。

保健省が管轄する「公衆衛生」に関しては、健康増進や感染症対策についての施策が行われているほか、医療の地域格差や、医療サービスの格差等の問題について取り組んでいる。身近な例としては、街中の屋台での飲食等による食中毒被害の発生等が挙げられる。

医療保険を除いては、多くの国民が制度を利用できないという実態があり、社会保障制度の質の低さが問題視されている。

また、現行の社会保障制度下において、農林水産業従事者や屋台商人等といった労働者が、多くの分野で対象外となっているため、適応範囲をいかに拡充していくかも、今後の課題といえる。